何ゴト?

日々の何事かを書いていきます。

韓国の11・22事件、それでも日本と韓国の友好関係を願う在日コリアン

テレビを見ていたら、11・22事件の特集をしていて、初めてこの事件のことを知りました。

あまりにも衝撃的な内容で、これは知らない人には知ってほしいと思いました。

11・22事件

韓国で、41年前の1975年に起きた、11・22事件。
 
在日の若者が差別を感じ希望を持てなかった時代、もう一つの祖国韓国は冷戦の最前線でした。
 
軍事政権が安全保障を理由に、民主化を求める声を封殺していました。
 
多くの在日の若者が韓国の民主化に役立ちたいと留学しました。しかし・・・
 
在日コリアンの若者が勧告で突然逮捕され、過酷な拷問や死刑判決を受けた。

学園浸透スパイ団事件 - Wikipedia

【軍事独裁時代】
民主化運動を徹底的に弾圧しました。
政権は市民の批判をそらすため、在日留学生を次々と、北朝鮮のスパイという濡れ衣を着せて弾圧した。
青春を奪われた犠牲者は、160人超と見られている。

韓国へ留学していた在日コリアンの若者、康宗憲さん

在日コリアン2世の康宗憲(カンジョホン)さん 現在65歳。
かつて留学先の韓国で、突然逮捕されました。
北朝鮮のスパイとして、24際で死刑を宣告され、13年間も獄中生活を強いられた。  
40年の歳月を経て、去年の2015年、政府はようやく過ちを認めて、無罪が確定しました。

獄中での生活

もう指や腕がちぎれるような、苦痛がずっとどんどん(電気拷問の)強度が高まっていくわけですよ。
 
叫び声をあげますけど、「なんで自分からあんな動物的な叫び声が出るか」と思うくらいすさまじい悲鳴をあげますよ。
 
来るしいから逃れようとするが、縛られてて、皮膚が避けるくらいまで・・・。
 
気絶したら水をかけて、体じゅうが内出血で青黒く腫れ上がるまで、「これは殺されるかもしれない・・・」という恐怖感の中で、もう一回陳述書を書けと。
 
差別社会が嫌で自分の国に行って希望を見いだし、若い中間といい社会をつくろうという気持ちで来たんですけど、そういう立場の私をスパイにでっち上げて生存を許さない、これが自分の国の姿かと。
 
マイナス20℃の凍てつく牢獄に入れられました。唯一の窓から見える木の下では、死刑が次々と執行されました。

(※留学生で死刑を執行された方はいないようです)

康宗憲さんの幼少期

幼少期は大阪に住んでいた、康宗憲さん

(在日への)冷たい、劣ったもの、汚いものを見るような視線というのはどこかでありましたね。
本名を偽り、ながしまむねのりと名乗っていました。
自分は何者なのかわからず、悩みを吹っ切るため、勉学とスポーツに打ち込みました。

40年を経て無罪判決

無罪を勝ち取りこうして名誉回復できたことで、私はこれからも日本と朝鮮半島の友好関係のために、何かしらの仕事をできるかと思いました。

他の在日元死刑囚たちの声

・まさか40年後に今日みたいな日が来るとは思っていませんでした。
・私たちの祖国ですけどこれは国家犯罪じゃないのか。
・無防備は在日を(当時の韓国政府が)政治利用した事件でした。
・日本に生まれ、誇りも持てなかった私たちにとって祖国への留学というものは自分自身の出自を求め民族意識を確率するための道でありました。
・動物以下の虐待と水拷問、電気拷問、性拷問、精神異常、廃人になるまで拷問し、死ねば事故死。
・自ら顔を焼いて抗議した人、獄中生活から衰弱死し亡くなった人、精神を病み回復しない人もいる。

感想

育った日本では差別的に見られて、 祖国の韓国では理由もなく拷問を受けて、

そんな状況だったのに、どうして日本と韓国の友好関係を良くしようと思うことができるのか自分には理解できません。

自分だったら、受けた苦痛に対して、どうやって賠償をしてもらうかなど考えるでしょう。

それほどに、悲惨な事件だと思います。