何ゴト?

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日本人の行動を支配する知られざる世間の実態:ビーバップハイヒール【2016/08/18】

出る杭は打たれる」こんな日本の実態とは?

世間ではプラスマイナスゼロにこだわる

今日コンパあるけど、どう?
行けます!よろしくお願いします!
オッケー!場所決まったらまた送るわ
はい!よろしくお願いします!
こちらこそ、よろしく!
(このメッセージに返事しようかなー?)

日本人はメールをもらったら、なぜ返事をしなければならないという脅迫観念にかられるのか?

昔から、日本ではお金や物をやりとりする時、必ず見返りとして「対価」が発生してきた。

例えば、戦国時代、贈り物の対価として和平や寝返りが行われた。

これは人間同士に限らない。

(明日のプレゼンは絶対失敗できない!神様1万円出しますから、どうかお願いします)

神様に対してでさえ、願いの大きさで賽銭額を変える。これも対価を意識している証。

送られたらお返しする
「お中元」「お歳暮」「結納返し」「香典返し」「引き出物」「バレンタインデー」「ホワイトデー」など

いつしかこれが集団での仲間意識の確認作業となった。 現代に溢れる儀礼的な贈答行為もこのため、借りは作らないで贈られたらすぐに返す。

「メール」や「年賀状」などを返さなければと脅迫観念にかられるのも、返事をしてプラスマイナス「ゼロ」にこだわるから。

よかったら今度二人でご飯行かない?
<返事なし>
(返事くらいしてくれてもいいのに)

送ったら返ってくるのが当たり前、返ってこなかった時には不満が生じる。

世間では皆同じ時計をしている

ようし定時だ!コンパ行くぞー!
<周りは仕事を続けている>
(どうしよう?先に帰るのきまずいなー)

なぜ、自分の仕事は終わっているのに帰りづらいと思ってしまうのか?

集団のまとまりを第一に考える日本人は、みんなが一緒の時間を過ごしていると思うのが重要だと考える。

共通の時間 = 仲間意識

逆に違う時間を過ごそうとする人間は、集団とは違う行動をするもの、つまり、仲間ではないと考える。

まさか帰るつもり?こっちはまだ仕事残ってるぞ

飲み会や二次会を断りづらいのもこの典型。仲間外れにされるのが恐いのだ。

いつもお世話になっております。
こちらこそお世話になっております。(全くお世話になってないけど)
その節は本当にありがとうございました。
いえいえ(一緒に仕事したことないけど、まいっか)
今後ともよろしくお願いいたします。(2度と会うことないんだろうなぁ)

これらの挨拶は、お互いが過去から未来にわたり、仲間として同じ時間を過ごしているという意識から生まれる。

仲間意識の確認
過去:その節はありがとうございました
現在:お世話になっております
未来:今後共よろしくお願いします

その仲間意識が過剰であるゆえ、日本人は初対面の人にはこうあいさつをする。

実際には全くお世話になっていなくても、あなたと同じ時間を過ごしていますという気持ちを伝えているのだ。

世間では名前よりも大切なものがある

3対3のコンパにて、

女性たち「(真ん中イケメンじゃない?)」
女性たち「(イケメン!イケメン!)」
女性たち「(左もマジメそうじゃない?)」
女性たち「(右はないよねぇ)」
 
左の普通の男性「商社に勤めてます」
女性たち「へ〜、商社!」
 
真ん中イケメン「バイトしてます!
女性たち「バイトねぇ・・・」
 
右の暗い男性「ベンチャーで社長やってます」
女性たち「社長!?すごーい!」
 
右の暗い男性「(とは言っても社員はオレ一人だけど・・・) 」

なぜ日本人はこんなにも肩書に弱いのか?

集団の輪を乱すことを許さない日本人は、自分よりも集団を大事にしてきた。

その結果、自分が誰かより、集団の中で何をしているか、つまり役割や立ち位置を重視するようになった。

例えば、名刺交換の時、必ず、名前よりも先に、所属や肩書きを紹介する。

◯◯商事 営業部の田中です。
△△販売 営業課課長の山本です。

名前よりも、どの会社のどのポジションであるかの方が世間的に重要なのだ。
(→ちなみに、海外ではまず名前から紹介し、最後に所属をいう。これは所属よりも個人を大事にしているから)

過剰に年齢を気にするのも同じ理由。

「アラサー」「アラフォー」「長女」「次女」「還暦」「米寿」「喜寿」「先輩・後輩」など

年齢の上下をあらわす言葉が、海外と比較にならないほど多い。

このように年齢や肩書きを気にするのは、世間での立ち位置を確認するため。

またそれによって人の価値を判断してしまうのも日本人独特のことなのだ。

世間では一人でいることは「悪」

<ひとりで入れる焼肉屋、2名様以上でも大歓迎>
最近、この「お一人様歓迎」っていうの増えたよなー

「一人焼肉」「一人カラオケ」「ひとり旅」こんな言葉は日本にしか存在しない。

日本において、一人で行動することは評価されない

一人 = 集団から外された者

世間から仲間外れにされている者、つまり集団の輪を乱す者とみなされるからだ。

実際には仲間外れにされていなくとも、一人で行動しているだけで、そう思われるのではという恐怖心が働く

我々はこれを「世間の目」と呼び、しらずしらずの間に行動を自制するようになる。

その結果、日本人は、犯罪を犯して法律で罰せられるよりは、それがバレて世間から外されることの方が恐ろしいと感じるようになった。

これこそ、日本が驚異的に犯罪の少ない世界で一番安全な国となった理由なのだ。