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何ゴト?

日々の何事かを書いていきます。

消えゆく宮型霊柩車:石田ジャーナル【2017/04/12】

近くを通ったら親指を隠すとよく言われていた「宮型霊柩車」。

それがどんどん減ってきているそうです。

霊柩車誕生の歴史

江戸時代

・座棺(ざかん)が主流であったため、遺体をおさめた桶を駕籠(かご)で運んでいた

(瓶【カメ】みたいなもので、中に体育座りしたような状態)

明治初期

・寝棺(ねかん)が広まり輿(こし)や大八車で運ぶようになる。
・棺をおさめた輿を中心にして自宅から火葬場に向かって葬列を組み街中を練り歩くようになる。
・大量の花や、「にぎやかし」を引き連れることもあった。

減りゆくにぎやかな葬列

明治後期から大正時代にかけ、にぎやかな葬列は廃れていく。

理由その1 交通機関の発達

・市電(路面電車)の普及により、昼間行われる葬列は道路や路線をふさぐ迷惑行為と見なされるようになった

理由その2 火葬場までの移動距離が長くなった

・都市部の人口増加と住宅需要により火葬場が郊外に建てられるようになった。当時、1日がかりで火葬場まで歩くこともあったという。

霊柩車の誕生

・大正4年ごろから、東京、名古屋、大阪で使われるようになった。
・輸入車を改造していた。
・当初は車の積み荷にするようなやり方に抵抗があったため、飾り付けをすることになった。

霊柩車の種類

宮型霊柩車

洋型霊柩車

バス型霊柩車(横向きに収納され、上の位置に人は座れないようになっている)

バン型霊柩車

宮型霊柩車の種類

関東型(金箔などで装飾、全国的に普及している)

名古屋型(中京圏で使われる、一番伝統的な形)

関西型(白木作り、管理が大変)

金沢型(現存するのは10数台と希少価値が高い)

宮型霊柩車の衰退

全国霊柩自動車協会によると、

去年(2016年)の4月の時点で、全国にある霊柩車は約5000台。そのうち8割が洋型とバン型。宮型は約650台と全体の1割ほどになっている。

・宮型霊柩車のピークは2000年で、約2150台あったが、その後減少。
・2009年に洋型霊柩車が上回る。
・宮型霊柩車製造の草分け的会社(大阪市)も今年1月に倒産。

身内や近しい人だけでひっそりと行う「家族葬」が増えている。派手なことを嫌い、地味に行う傾向にあるため、派手な装飾を持つ宮型霊柩車は敬遠される。葬儀場近隣では毎回、霊柩車の通るルートも同じになってくるため、周辺住民への配慮として派手な宮型よりも洋型を使われる傾向にある。