なぜ、こっそり貯めたお金のことを「ヘソクリ」というのか?
この質問に、米川明彦 先生(梅花女子大学 名誉教授)が、答えていました。
ヘソクリとは、「ヘソクリガネ」という言葉が省略されたもので、その意味は「ヘソをくって稼いだお金のこと」。
これは、体の「おヘソ」のことではなく、漢字で書くと「綜麻繰り(へそくり)」となり、麻で出来た糸のことを表している。
麻とは、弥生時代など古くから衣服や道具に使われてきた繊維のことで、この麻の糸を巻き取ってまとめたものが、「綜麻(へそ)」。
つまり、「綜麻繰り」とは、繊維をより合わせ麻糸を作り、まとめて行く作業のことを意味する。
そして、この麻の糸を売って稼いだお金のことを「ヘソクリガネ」と呼ぶ。
「ヘソクリガネ」のことは、江戸時代の辞書「俚言集覧」にも記載があり、確かに「綜麻を繰って貯めたお金である」と書かれている。
当時、この「綜麻繰り」をしていた女性たちが行っていた ある慣習に影響され、綜麻繰りは、現在の「こっそり貯めたお金」という意味に変化していく。
江戸時代の地方文化をまとめた旅行見聞録「真澄遊覧記(ますみゆうらんき)」を参考に、民俗学者の瀬川清子(1895-1984)が記した論文には、綜麻繰りの背景に、ある愛情物語があったと書かれている。
朗読劇 ー 『故郷へのヘソクリ』
それは、必死に家計を支える妻が持つ、ただ1つの秘め事でした。
内職で、綜麻繰りをしていた妻は、来る日も来る日も繊維をより合わせ、綜麻を作り続けました。
家計の助けになればと、コツコツ、コツコツと、綜麻を繰り、それを売りに出してお金を稼ぎます。
そんな妻には1つ心残りがありました。
それは故郷にひとり残した最愛の母。
年老いた母を思う妻は、作った綜麻の一部を売らずに残していたのです。
本来、家計のために使う綜麻を実家の母のために貯めることには、多少の遠慮もあったことでしょう。
夫にも見つからないように、コソコソ、コソコソと、貯めていきました。
そして、貯まった綜麻で、母にもしものことがあった時のために、ひそかに、経帷子(きょうかたびら)を作っていたのです。
経帷子とは?
死者に着せる着物のこと。
江戸時代、麻糸を作る陸奥地方などでは、子が親のために、毎年、経帷子を作るということが、慣習として行われていた。完成した段階でまだ親が健在だった場合、白い経帷子に色をつけ、ふだん使いの着物として親にプレゼントしていた。
この親を思いコッソリと綜麻繰りをする妻の慣習と、内職として綜麻を売って得たお金がリンクして、現在のコッソリ貯めたお金を意味する「ヘソクリ」という言葉が生まれたと考えられる。