「千の手」と晝いて「千手観音」。

なのに、なぜ手が千本ないのか?
これについて、村松哲文 先生(駒澤大学 学長)が説明していました。
そもそも、千手観音とは、正式には、
千手観音=千手千眼観世音菩薩(せんじゅせんげんかんぜおんぼさつ)。
あまねく、多くの人々を救うという意味が込められている。
奈良時代ごろまでは、1,000本の手を持って作られていた。
ところが、今見ている千手観音は、1000本手がない。
では、千手観音には、何本手があるか?
その数、42本。
この数になったのは、平安時代ごろ。
これは、仏教の教えにある25の世界に関係してる。
仏教では、輪廻転生して、25の世界のどこかに生まれ変わるとされている。
「25の世界」とは、まず、「欲界・色界・無色界」と、3つの世界があり、更にそれぞれ、「14・7・4」の世界に分けられる。

この合計が、25。
我々、人間がいるのは、一番下の「欲界」と言われる、欲の支配する世界。

他化自在天(たけじざいてん)
化楽天(けらくてん)
兜率天(とそつてん)
閻魔天(えんまてん)
三十三天(さんじゅうさんてん)
四王天(しおうてん)
閻浮提(えんぶだい)
瞿陀尼(くだに)
鬱単越(うったんのつ)
弗婆提(ほつばだい)
阿修羅(あしゅら)
餓鬼(がき)
畜生(ちくしょう)
地獄(じごく)
このような14の世界があり、
我々がいるのは、その中の閻浮提(えんぶだい)と言われる世界。
もし、悪行を繰り返したりすると、
輪廻転生で「地獄」や、
阿修羅と言う、怒りや復讐が絶えない世界、
畜生と言う、弱肉強食で殺し合う世界、
に堕ちると考えられている。
地獄などに堕ちないようにするには、どうすればよいか?
日常を正しい気持ちで生きること。
・嘘をつかない ・人の物を盗まない ・人を傷つけない
そんな欲界の上にあるのが、色界(しきかい)と言われる、
欲がなくなり、物質だけの世界。

五浄居天(ごじょうこてん)
無想天(むそうてん)
四禅天(しぜんてん)
三禅天(さんぜんてん)
二禅天(にぜんてん)
大梵天(だいぼんてん)
初禅天(しょぜんてん)
このような、7つの世界に分かれている。
さらに、色界の上にあるのが、無色界と言われる、
精神だけになった最高位の世界。

非想非非想処天(ひそうひひそうしょてん)
無所有処天(むしょうしょてん)
識無辺処天(しきむへんじょてん)
空無辺処天(くうむへんじょてん)
このような、4つの世界に分かれています。
ちなみに、無色界の最高位の非想非非想処天は、有頂天とも呼ばれる。
日常、使われている言葉。
この25の世界全てを救って下さるのが、千手観音。
千手観音の42本のうち、前の2本は除いて、
左右の20本、20本の40本が、それぞれ、25の世界を救うとされている。
そうすると、25 x 40で、1000ということで、
1000の世界を救うという意味が込められている。
つまり、千手観音は、結果的には1000の救いの手を出しているので、「千手観音」。
ひとことに、千手観音と言っても、全てが同じではなく、それぞれポーズや持ち物が違う。






