1830年代、麻酔が発見されるまでの手術現場は、地獄のありさまだった。
痛みのためにショック死する者や自殺する者も多かった。
だが、麻酔のおかげで医療技術は飛躍的な進歩を遂げ、数多くの命を救うことになった。
まさに世紀の大発見、にもかかわらず麻酔の第一発見者、
アメリカの歯科医、ホレス・ウェルズを知る人はほとんどいない。
1844年のある日、ウェルズは奇妙なイベントにふと足を止めた。
それは、笑気ガス吸入の実演会。
当時、笑気ガスとも呼ばれていた亜酸化窒素。
これを吸うと、急に暴れだしたり、踊りだしたりすることが知られており、その滑稽なふるまいを楽しんでいた。
亜酸化窒素を吸ったある男は何度も椅子に足をぶつけて出血。
しかし、男はそのことに全く気づいていなかった。
ウェルズ「(もしかして・・・これを使えば痛みなく虫歯を抜けるんじゃないか・・・)」
ウェルズは自ら実験台になり亜酸化窒素を吸入。
そして、親知らずを抜いてもらったが、全く痛くなかったという。
これが麻酔発見の世紀の瞬間だった。
ウェルズ「(これをアメリカ中に広めたらたくさんの命が救えるぞ!)」
権威ある医者たちの前で公開実技を行うことに。
ウェルズ「(いつも通りやれば大丈夫、絶対に成功するぞ・・・)」
歯を抜かれる人「痛い!止めてくれ!」
しかし、なんと公開実技は失敗。
調達した窒素の濃度がいつもと違っていたのが原因だった。
世界の発見から一転、ウェルズはこの失敗でアメリカ医学界から完全に干されてしまう。
ウェルズ「僕はもう歯医者として働けないよ」
モートン「元気だしてください」
このウェルズを慰めていたのは、弟子の歯科医、ウィリアム・モートン。
しかし、その本音は・・・
モートン「(麻酔のかけた方は全部ウェルズに教わっている、この技術を盗んで大金持ちになるぞ・・・)」
実はこのモートン、歯医者になる前は、前科持ちの詐欺師だった。
ウェルズのもとで歯科医の修行を重ねていたが、眠っていた詐欺師の顔が蘇る。
ウェルズの公開実技失敗から1年後。
ウェルズの技術を盗んだモートンは、亜酸化窒素と同じ効果を持つエーテルを使って麻酔の公開実技を成功させた。
その結果、医学の歴史には麻酔発見者としてモートンの名前が刻まれている。
モートン「(これでオレは大金持ちだ!特許を新生すれば莫大な金が入ってくるぞ!)」
モートンは早速、エーテルを使った麻酔の特許を申請。
国もすぐにこれを認め、すべてモートンの計画通り、
のはずだったが・・・
アメリカ・メキシコ戦争(1846年 〜 1848年)が勃発。
メキシコと戦争を繰り広げていたアメリカが負傷者の手当のために、特許を無視してエーテルを使い始めた。
これを知ったほかの医者たちも公然とエーテルを使うようになった結果、
モートンには1銭も入ってこなかった。
あまりにショックを受けたモートンは、次第に精神が不安定になっていき、ある日、突然池に飛び込んで死んでしまった。
しかし、さらに悲劇な最期を遂げたのが、最初に麻酔を発見したウェルズ。
公開実技が失敗したあと、ウェルズはエーテルの代わりに、クロロホルムという物質を麻酔に使い歯科医として再始動、
だが・・・
自らが実験台となってクロロホルムの効果を試すうち、幻覚を引き起こすクロロホルム中毒に・・・。
精神を病んだウェルズは、娼婦に硫酸をかけたとして逮捕。
その獄中で、ウェルズは自ら命を絶った。
ひそかに持ち込んでいたカミソリ、そして自らが発見したクロロホルムを吸い込んだあと、左足の動脈を切り裂いたという。
実は、モートンが取った麻酔の特許は、医療の分野で世界初の特許。
それまでは、医学の分野で特許を取るというのは、倫理的におかしいと、つまり医者は患者を救うために一所懸命努力するのであって金儲けではないとされていた。
逆にこの医療特許というものができたために、医療器具や薬が驚くほど効果になってしまったという負の面もある。
それをなんとか打開しようとしたのが、京都大学iPS細胞研究所の山中先生たち。
iPS細胞技術の特許を取得していて、公的な研究機関は無料、民間の企業でもとても安い値段で使用可能としている。