なぜ清水の舞台から飛び降りたのか?「清水寺」の話:グッとラック!【2020/12/10】

毎年12月14日は、今年の漢字が発表される日になっている。

その発表の場としても有名なのが、京都の「清水寺」。

今から1200年以上前に、蝦夷を平定した将軍、坂上田村麻呂によって建てられたといわれている。

実は、創建以来10回を超える大火災に遭っていて、現在の清水寺はその大部分が、1633年に再建されたもの。

そんな清水寺といえば、京都の町並みを一望できる「清水の舞台」が有名。

江戸時代には、実際に清水の舞台から飛び降りた人が多くいた。

なぜ飛び降りたのか?

その理由は、「願掛け」。

当時、観音さまに願掛けをして、飛び降りれば願いが叶うという信仰が広まっていた。

なので、「病気を治したい」などの理由で飛び降りる人が続出してしまった。

また、傘をさして飛び降りると恋が成就する という噂も広まってしまった。

若い女性が傘を差して飛び降りる姿が、当時の浮世絵にも描かれている。

しかし、命を落とすという人も少なくなかったので、明治5年「飛び降り禁止令」が出された。

清水の舞台を下から見上げると、たくさんの柱が目に入る。

高さ約13mの舞台を18本の柱で支えているが、この柱に、釘は1本も使われていない。

舞台を支えているのは、「懸造り(かけづくり)」と呼ばれる、崖の上などの建物を長い柱で支える建築方法。

貫き(ぬき)」と呼ばれる柱と柱の間を貫く材木を縦横に通すことによって、柱を固定している。

約400年前に建てたとは思えない精密な造りで、建築技術の高さが伺える。