「お蔵入り」の「蔵(くら)」って何?という話がありました。
何か予定していた物事が訳あって中止になること。
これについて、俗語研究の第一人者である 米川明彦 先生(梅花女子大学 名誉教授)が説明していました。
「お蔵入り」の「蔵(くら)」は、「らく」をひっくり返した「くら」。
物をしまっておく「蔵」ではなく、「千秋楽」の「らく」。
千秋楽とは、歌舞伎や芝居・相撲などの興行最終日のこと。
「千秋楽」は、江戸時代から、歌舞伎などの役者さんや、演劇関係者が使っていた言葉。
彼らは「千秋楽」は、略して「楽(らく)」と言っていた。
今でも、演劇関係の人は、公演の最終日を「楽日(らくび)」や「大楽(おおらく)」と言ったりする。
江戸時代、町民たちの娯楽として栄えた歌舞伎。
芝居小屋では、日々さまざまな演目を上演していたが、人気があってロングランとなる演目もあれば、
お客が集まらず、予定された千秋楽を待たずして、打ち切りになる演目もあった。
突然、千秋楽が宣言されてしまうと、予定より早い本来とは違う千秋楽、つまり「楽(らく)」を迎えることになる。
予定していた楽とは違うので、別の呼び方はないのかとなった時、歌舞伎役者や興行者たちは、
「らく」をひっくり返して、「くら」と言った。
(なぜ、逆さまにしたのか?)
当時、歌舞伎などの芝居業界で働く人の中に、もともと露天商だった人がいた。
この人たちは、言葉を逆さまにすることがよくあった。
例えば、素人を「とーしろう」、はまぐりのことを「ぐりはま」と言ったりしていた。
このような言葉を使う露天商人だった人たちが、芝居の業界に入ってきた後も、逆さまにした言葉を使うことがあった。
公演が打ち切りになって、突然やって来た「らく」のことを歌舞伎業界では「くら」と呼ぶようになった。
そして、中止にする意味で「くらにする」と言った。
明治時代に書かれた小説「西洋道中膝栗毛(せいようどうちゅうひざくりげ)」には、
お前は馬車の別当にも(お前は馬車の世話をしているとは)
請とれねへから(見えないから)
此対面は「蔵」にしやせう(この顔合わせは「やめ」にしよう)
かぶき道にて「やめ」になることを「くら」と云
という記述がある。
「くら」という言葉は、歌舞伎やお芝居に限らず、広く予定していたことが実行されなくなることを
意味する言葉として使われるようになった。
この小説で、「くら」が、漢字で、倉庫の「蔵」になっているのは「当て字」。
かな書きされる資料もあったが、「中止になった舞台の台本を蔵にしまっておく」というような連想から、
音が同じだった「蔵」が当てられることもあった。
その後、歌舞伎業界以外の人たち、新聞などの報道関係者が、「何かの事情によって、急になくなってしまったもの」を「おくら」と言い、
この「くら」を物を入れる「蔵」だと勘違いしたことから、「お蔵入り」という表記が広まっていった。