○○様の「様」って何?という話がありました。
これについて、小木曽智信 先生(国立国語研究所 教授)が説明していました。
「様」という言葉自体は、奈良時代以前から「苦しがるさま」など、状態を表す言葉として使われていた。
これは、今でも使われる意味の言葉。
それが、平安時代中頃の「枕草子」には、「雨が よこさまに降る」と書かれていて、「雨が横のほうに降る」という意味を表すようになった。
「更級(さらしな)日記」の中には、「京さまへ行く」という表現が出てくる。
「京のほうへ行く」という時に、この「様」という言葉が使われている。
より詳しい状態を伝えるために、平安時代には「様」は、「京様」「御所様」「山様」など、
方向や場所に「様」を直接つけて「(方向や場所名)の ほう」を表している。
一方、当時、目上の人の名前には「様」はついておらず、「殿(どの)」が使われていた。
例:源頼朝=鎌倉殿
しかし、「殿」とは、どういう意味なのか?
「殿」は奈良時代以前から「屋敷」を表す言葉。
古くから人を呼ぶ時に、「源頼朝」など直接名前を呼ぶことは、失礼にあたるとされてきた。
名前以外で呼ぶ方法が「住んでいる屋敷」だった。
そのため、「鎌倉殿(鎌倉の屋敷に住んでいる人)」と呼んだ。
他にも、源義重は、後の群馬県新田郡に屋敷があったことから、「新田殿」と呼ばれていた。
一方、「様」は、「鎌倉様」と言うと、「鎌倉のほう」という意味。
鎌倉時代には、「様」と「殿」は、全然違う使われ方をしていた。
では、一体いつから「の ほう」を表していた「様」を目上の人につけるようになったのか?
「様」が、今のような使われ方になってくるのは、室町時代よりも後のこと。
この頃は「殿」という言葉が、人の名前に付いて使われていたが、以前よりも増して、いろんな言葉に殿がつくようになった。
例えば、「婿殿(むこどの)」「主殿(あるじどの)」「母殿(ははどの)」など、
「殿」をつけとけば、丁寧だというような形で、いろんな場合に使われるようになってしまった。
その結果、偉い人につくはずの「殿」が偉くなくなった。
あげくの果てには、「猫殿」「猿殿」など、もはや目上の人につけるのもどうかという感じになってしまった。
偉くもなくなってしまった「殿」の代わりに、同じように地名について使われる「様」という言葉が、使われるようになった。
「鎌倉殿に伝える」の言い方の代わりに、「鎌倉様に伝える」と言えば、「鎌倉のほうへお伝えする」という言い方になる。
こうして「のほう」を表していた「様」が「殿」に代わって使われるようになった。
しかし、誰かが決めるわけでもなく、なんとなく「様」を使い始めてしまったため、目上の人を「殿」で呼ぶ習慣が残り、
江戸時代、明治時代に入っても、「殿」を使ったり、「様」を使ったりと、使い方が混乱していた。
そして、昭和に入ると、目上の人には、どちらを使うのかが問題になった。
昭和27年、文部省が、敬語をより簡単に使えるように「これからの敬語」という文書を発表。
そこには、「様」を使うように提案が書かれていた。
この提案は、かなり広く受け入れられて、「様」が 一番丁寧な言い方として、使われるようになった。
ちなみに・・・
賞状などは、今でも「〇〇殿」というふうに、「殿」が使われることが多いが、
これは、賞状を渡す人の方が立場が上で、渡される人は立場が下だからなのだが、
このような時は、いまだ「様」より「殿」が使われることが多い。